Time Out Tokyoコラボレーション連載「ボーダレスな人びと」第7回
ライフスタイルマガジン「Time Out Tokyo(タイムアウト東京)」とピープル・ツリーのコラボレーション連載、第7回目に登場するのは、日本を代表する指揮者、井上道義。その既成の概念にとらわれないボーダレスな音楽性は国内外から評価が高い。そんな彼に、クラシック音楽のおもしろさについて聞いてみた。
井上道義(指揮者)
-指揮者ってオーケストラの中で何をしているんですか?
僕は指揮者って、コンサートの1時間なり2時間なりを自分が思い描く世界に塗り替えているんだと思うんですよ。相手が100人いたら、それぞれの世界をみんなが持っているんだけど、それを自分の世界に塗り替えようという意欲を持っている人っていうのかな。押しつけるのとは違います。
-それぞれ違うことを考えている人たちをまとめるコツは?
いつもなるべく基本的な話しかしません。基本に帰って、当たり前のことを言うだけ。大きい音は大きく、小さい音は小さく。小さい音をなんで小さくするのか、どんな小さい音にするのかとか、そんなことをやっているだけです。まあ、僕じゃなくても誰でもやれる仕事です(笑)。
-日本のクラシックは、世界で言うとどのくらいのレベルなんですか?
マーケットとしては世界一ですね。特に東京は、世界一クラシック音楽が演奏されていると言ってもいいのではないでしょうか。コンサートホールも多い。だから日本にいれば世界中のオーケストラが聴ける状態で、いい音楽を聴けるチャンスも多いです。まるで寿司でトロばっかり食べちゃって困るみたいな状況になっているけれど(笑)。ただし、そこで何かが育っているかと言うとそれはまた別で。作曲家もそんなに出てきていないし、世界的にオペラハウスやミュージカルシアターなんかで演奏されるような作品が生まれてはいないんです。
-なぜ日本では音楽作品が生まれないのでしょうか?
やっぱり言葉の問題もあると思う。日本語だから。もうすぐバルトークの「青ひげ公の城」をやるんだけど、これはハンガリー語で書かれています。男と女の愛情のズレを描いたオペラで、本当に素晴らしい作品ですが、上演する機会は残念ながら少ないと思う。世界的にシェアの少ない言語は、どうしてもそうなってしまうんですね。でもイタリア語はまた別。長い歴史があって、音楽がイタリアで生まれたと言ってもいいからね。楽語と言って、楽譜に書かれている言葉、例えばフォルテやピアノ、カンタービレなどはすべてイタリア語です。実際、イタリア語は歌いやすいんです。しゃべってる人を聞いても歌っているように聞こえるでしょ。
-音楽にとっても言語は重要なんですね。
今年、北朝鮮でベートーヴェンの第九を初演しました。彼らはドイツ語で歌うことも初めてだったから、ドイツ語を僕が教えなきゃいけない。技術は持っているんだけど、第九はドイツ語的な響きの中で音楽が培われているから、そういう世界観を創造することから始めました。ドイツ語ってアジアの言語と違って、肺の奥から出るような響きでしゃべっているんです。それを意識しないと音楽も軽めになってしまう。北朝鮮では英語がほぼ通じません。だから、通訳が必要。僕が日本語でしゃべって、それを通訳してもらう。昔と違って今では、フランスとかドイツでも英語を話す人が増えたと感じます。やっぱり言葉が通じないとかゆいところに手が届かない。音楽をともに演奏するには、語学が絶対にいる。島国である日本にいたのでは、語学の勉強はなかなか難しい。よっぽど真剣にやらない限りは、ボーダレスなんかになれっこないと思います。
-クラシック音楽というだけで敷居が高く感じてしまう人も多いと思いますが。
敷居が高いということは全然構わないと思うし、ありとあらゆる今も飽きられていない芸術って敷居が高いものなんです。とはいっても、演奏家はなるべくわかりやすい演奏をしなきゃいけない。演奏するっていうことは、作曲家や作品をなるべくわかりやすく紹介するっていうことだと思うので、ことさらに難しくて高級なものに演出する演奏家は僕にとって敵です。そういう人たちがクラシックを化石化させている。本当にいい演奏ってものはわかりやすいものなんです。
例えば、室井摩耶子さんって僕が小学生だった頃のピアノの先生がいるんだけど、同じようなことを言っているんです。「モーツァルトだって、私が20歳や30歳ぐらいの頃は全然わからないで弾いていた。でもこういうことだったのねってわかり出してからはとってもおもしろくなった」と。92歳の日本屈指のピアニストでさえそうだったんだから、普通の人がすいすい入れないってことは別に問題ないと思う。
-「夏休みの子供音楽会」では、ショスタコーヴィッチの交響曲から始まって驚きました。
そう、あれはよかった! 子どもは5歳から大人です。知っている曲があるから子どもが喜ぶかっていうと、それは大人が思っているだけで、子どもは知らないものばっかり毎日見ているんですよ。毎日新しい発見をしているのが子どもで、大人になったら繰り返しになるんだよ。その違いはめちゃくちゃ大きい。知ってようが知るまいが、それがその人にとっておもしろいと思えるか、また新しい発見ができるかどうかが演奏家の務めです。やっぱりいいものにはいろんな秘密が隠れていて、玉手箱とか宝箱って、鍵がかかっているんだよ。
大人目線で子どもを教育したらおしまいだと思うわけです。自分が子どもだった時をよーく思い出さないといけないんだよね。
-井上さんのコンサートは帰る時に笑顔の人が多い印象です。
僕は音楽会っていうのは舞台だと思ってます。人間は目からも音が聞こえていると思うんです。だから、無駄なくいつでも一番きれいに見えるように指揮をしたいなと思っている。無駄のない指揮っていうのはきれいなんです。舞台に出た時から、僕は僕でしかないから、究極的に自分でいようと。あとは僕と仕事したり、僕の音楽会に来てくれる人がハッピーであること。じゃないとやったってしょうがない(笑)。みんなが音楽好きにならなくてもいいけれど、音楽をきらいにはならないでほしい。クラシックは愛されなくてもいいけれど、つまらないとは思われたくないな。
井上道義 Michiyoshi Inoue
1946年東京生まれ。1971年ミラノ・スカラ座主催グィド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝し、一躍注目を集める。古典から近現代の音楽までカバーする幅広いレパートリーと、既成概念にとらわれない企画性は、国内外で高い評価を獲得している。特にマーラーの演奏には定評があり、1999年には新日本 フィルハーモニー交響楽団とともに交響曲全曲演奏会を行った。2007年からは、オーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督ならびに石川県立音楽堂アーティ スティック・アドバイザーに就任。ラ・フォル・ジュルネ金沢などで多くの実験的企画を敢行し続けている。
公式サイト:http://www.michiyoshi-inoue.com/
【バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」】
プログラム:オッフェンバック(ロザンタール編曲)バレエ音楽「パリの喜び」
バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」
2013年9月13日(金)19:00開演
東京芸術劇場コンサートホール(東京都)
指揮:井上道義
コヴァーチ・イシュトヴァーン(青ひげ公/バス)、メラース・アンドレア(ユーディト/メゾ・ソプラノ)、仲代達矢(吟遊詩人)、東京フィルハーモニー交響楽団
料金:S6,500円、A5,500円、B4,000円、C3,000円、D2,000円
問合せ:東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296
2013年9月27日(金)19:00開演
フェスティバルホール(大阪府)
指揮:井上道義
コヴァーチ・イシュトヴァーン(青ひげ公/バス)、メラース・アンドレア(ユーディト/メゾ・ソプラノ)、晴 雅彦(吟遊詩人/バリトン)、大阪フィルハーモニー交響楽団
料金:A6,000円、B5,000円、C4,000円、BOX7,000円
問合せ:大阪フィル・チケットセンター 06-6656-4890
衣装協力:
ピープル・ツリー
オーガニックコットン・ボーダー・プリントTシャツ(ブルー)
/products/168115/
About Time Out Tokyo
タイムアウト東京は、街の探索と発見の楽しみを日本語、英語のバイリンガルで伝える“お出かけ促進メディア”。ヴニュー、イベント、特集記事、ブログなどのコンテンツをデイリーで発信しています。
http://www.timeout.jp/
井上道義(指揮者)
-指揮者ってオーケストラの中で何をしているんですか?
僕は指揮者って、コンサートの1時間なり2時間なりを自分が思い描く世界に塗り替えているんだと思うんですよ。相手が100人いたら、それぞれの世界をみんなが持っているんだけど、それを自分の世界に塗り替えようという意欲を持っている人っていうのかな。押しつけるのとは違います。
-それぞれ違うことを考えている人たちをまとめるコツは?
いつもなるべく基本的な話しかしません。基本に帰って、当たり前のことを言うだけ。大きい音は大きく、小さい音は小さく。小さい音をなんで小さくするのか、どんな小さい音にするのかとか、そんなことをやっているだけです。まあ、僕じゃなくても誰でもやれる仕事です(笑)。
-日本のクラシックは、世界で言うとどのくらいのレベルなんですか?
マーケットとしては世界一ですね。特に東京は、世界一クラシック音楽が演奏されていると言ってもいいのではないでしょうか。コンサートホールも多い。だから日本にいれば世界中のオーケストラが聴ける状態で、いい音楽を聴けるチャンスも多いです。まるで寿司でトロばっかり食べちゃって困るみたいな状況になっているけれど(笑)。ただし、そこで何かが育っているかと言うとそれはまた別で。作曲家もそんなに出てきていないし、世界的にオペラハウスやミュージカルシアターなんかで演奏されるような作品が生まれてはいないんです。
-なぜ日本では音楽作品が生まれないのでしょうか?
やっぱり言葉の問題もあると思う。日本語だから。もうすぐバルトークの「青ひげ公の城」をやるんだけど、これはハンガリー語で書かれています。男と女の愛情のズレを描いたオペラで、本当に素晴らしい作品ですが、上演する機会は残念ながら少ないと思う。世界的にシェアの少ない言語は、どうしてもそうなってしまうんですね。でもイタリア語はまた別。長い歴史があって、音楽がイタリアで生まれたと言ってもいいからね。楽語と言って、楽譜に書かれている言葉、例えばフォルテやピアノ、カンタービレなどはすべてイタリア語です。実際、イタリア語は歌いやすいんです。しゃべってる人を聞いても歌っているように聞こえるでしょ。
-音楽にとっても言語は重要なんですね。
今年、北朝鮮でベートーヴェンの第九を初演しました。彼らはドイツ語で歌うことも初めてだったから、ドイツ語を僕が教えなきゃいけない。技術は持っているんだけど、第九はドイツ語的な響きの中で音楽が培われているから、そういう世界観を創造することから始めました。ドイツ語ってアジアの言語と違って、肺の奥から出るような響きでしゃべっているんです。それを意識しないと音楽も軽めになってしまう。北朝鮮では英語がほぼ通じません。だから、通訳が必要。僕が日本語でしゃべって、それを通訳してもらう。昔と違って今では、フランスとかドイツでも英語を話す人が増えたと感じます。やっぱり言葉が通じないとかゆいところに手が届かない。音楽をともに演奏するには、語学が絶対にいる。島国である日本にいたのでは、語学の勉強はなかなか難しい。よっぽど真剣にやらない限りは、ボーダレスなんかになれっこないと思います。
-クラシック音楽というだけで敷居が高く感じてしまう人も多いと思いますが。
敷居が高いということは全然構わないと思うし、ありとあらゆる今も飽きられていない芸術って敷居が高いものなんです。とはいっても、演奏家はなるべくわかりやすい演奏をしなきゃいけない。演奏するっていうことは、作曲家や作品をなるべくわかりやすく紹介するっていうことだと思うので、ことさらに難しくて高級なものに演出する演奏家は僕にとって敵です。そういう人たちがクラシックを化石化させている。本当にいい演奏ってものはわかりやすいものなんです。
例えば、室井摩耶子さんって僕が小学生だった頃のピアノの先生がいるんだけど、同じようなことを言っているんです。「モーツァルトだって、私が20歳や30歳ぐらいの頃は全然わからないで弾いていた。でもこういうことだったのねってわかり出してからはとってもおもしろくなった」と。92歳の日本屈指のピアニストでさえそうだったんだから、普通の人がすいすい入れないってことは別に問題ないと思う。
-「夏休みの子供音楽会」では、ショスタコーヴィッチの交響曲から始まって驚きました。
そう、あれはよかった! 子どもは5歳から大人です。知っている曲があるから子どもが喜ぶかっていうと、それは大人が思っているだけで、子どもは知らないものばっかり毎日見ているんですよ。毎日新しい発見をしているのが子どもで、大人になったら繰り返しになるんだよ。その違いはめちゃくちゃ大きい。知ってようが知るまいが、それがその人にとっておもしろいと思えるか、また新しい発見ができるかどうかが演奏家の務めです。やっぱりいいものにはいろんな秘密が隠れていて、玉手箱とか宝箱って、鍵がかかっているんだよ。
大人目線で子どもを教育したらおしまいだと思うわけです。自分が子どもだった時をよーく思い出さないといけないんだよね。
-井上さんのコンサートは帰る時に笑顔の人が多い印象です。
僕は音楽会っていうのは舞台だと思ってます。人間は目からも音が聞こえていると思うんです。だから、無駄なくいつでも一番きれいに見えるように指揮をしたいなと思っている。無駄のない指揮っていうのはきれいなんです。舞台に出た時から、僕は僕でしかないから、究極的に自分でいようと。あとは僕と仕事したり、僕の音楽会に来てくれる人がハッピーであること。じゃないとやったってしょうがない(笑)。みんなが音楽好きにならなくてもいいけれど、音楽をきらいにはならないでほしい。クラシックは愛されなくてもいいけれど、つまらないとは思われたくないな。
井上道義 Michiyoshi Inoue
1946年東京生まれ。1971年ミラノ・スカラ座主催グィド・カンテルリ指揮者コンクールに優勝し、一躍注目を集める。古典から近現代の音楽までカバーする幅広いレパートリーと、既成概念にとらわれない企画性は、国内外で高い評価を獲得している。特にマーラーの演奏には定評があり、1999年には新日本 フィルハーモニー交響楽団とともに交響曲全曲演奏会を行った。2007年からは、オーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督ならびに石川県立音楽堂アーティ スティック・アドバイザーに就任。ラ・フォル・ジュルネ金沢などで多くの実験的企画を敢行し続けている。
公式サイト:http://www.michiyoshi-inoue.com/
【バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」】
プログラム:オッフェンバック(ロザンタール編曲)バレエ音楽「パリの喜び」
バルトーク 歌劇「青ひげ公の城」
2013年9月13日(金)19:00開演
東京芸術劇場コンサートホール(東京都)
指揮:井上道義
コヴァーチ・イシュトヴァーン(青ひげ公/バス)、メラース・アンドレア(ユーディト/メゾ・ソプラノ)、仲代達矢(吟遊詩人)、東京フィルハーモニー交響楽団
料金:S6,500円、A5,500円、B4,000円、C3,000円、D2,000円
問合せ:東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296
2013年9月27日(金)19:00開演
フェスティバルホール(大阪府)
指揮:井上道義
コヴァーチ・イシュトヴァーン(青ひげ公/バス)、メラース・アンドレア(ユーディト/メゾ・ソプラノ)、晴 雅彦(吟遊詩人/バリトン)、大阪フィルハーモニー交響楽団
料金:A6,000円、B5,000円、C4,000円、BOX7,000円
問合せ:大阪フィル・チケットセンター 06-6656-4890
衣装協力:
ピープル・ツリー
オーガニックコットン・ボーダー・プリントTシャツ(ブルー)
/products/168115/
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